<ヴェトナム Vietnam>
あの熾烈をきわめたヴェトナム戦争のさなか、北爆下のハノイでピアノ・リサイタルが開かれ、ショパンが聴衆から歓迎されていたそうです(吉澤南『ベトナム戦争』吉川弘文館 63ページ、184ページ)。
2006年9月20日にNHK教育テレビで放映された「地球ドラマチック~ベトナム地下壕の音楽学校」では、戦争中の音楽学校が映っていて、スクリャービンのエチュード OP42-5
が演奏されているのが聞き取れました。同時期にピアノ音楽においても革命的な芸術の創造を追求した中国と比較して、対照的なそのありようが注目されます。
当時、いつ果てるともしれない爆撃の中、紙の鍵盤で練習していたダン・タイソン少年は、1980年に東洋人として初めてショパン・コンクールで優勝し、世界に感動を与えました。たぐいまれな名手で、彼のレパートリーはおもにショパン、ドビュッシー、ラベル等ですが、1992年6月13日、東京でのコンサートで、祖国の作曲家ド・ハン・クァンの《ヴェトナム民謡の主題による変奏曲》を演奏しました。また1996年6月23日にNHKテレビで放映された「ステージドア」という番組の中でも《太鼓の歌》を演奏しました。
(2001年4月16日、高崎芸術短期大学に留学していたニュエン・ホァン・フォン君は、コンサートでニュエン・フウ・トゥアン作曲《プレリュード》を演奏しました。)
ユーチューブにダン・タイ・ソンがショパンなどを弾いた多くの動画がありますが、注意して探してみると、彼が弾いたヴェトナムの作品もいくつか見つかります。
Dang Huu Phuc (1953- )作 Trống cơm by Dang Huu Phuc
これは《Bunches Flowers of Vietnam》の一曲。全曲の楽譜はこちら(演奏は作曲者です)。
Duo piano “Năm thể nghiệm trên chủ đề DDH” của Đặng Hữu Phúc | Hội Nhạc Sĩ Việt Nam (hoinhacsi.vn)
↖これもDang Huu Phucの作品。深い、重い旋律が展開します。ヴェトナム語の説明文は読めませんが、
中にショパンの葬送行進曲が挿入されていることから、ヴェトナム戦争の犠牲者を悼んだ曲ではない
かと想像します。誰もが一度は聴いておくべき作品だと思います。
私が1998年に訪れたハノイのミュージックショップには、ピアノ曲のCDで置いてあったのはリチャード・グレイダーマンのものだけで、ピアノ音楽の資料はヨーロッパのものも含め、ほとんど見つかりませんでした。ただ、その後ダン・タイ・ソンの事務所に問い合わせたところ、Hanoi Conservatory of Music には、音楽資料があるのではないかということでした。
Dang Huu Phuc《Suite For Piano》←1973年の作品。楽譜つき。
Dang Huu Phuc《Cuckoo for piano solo》
Dang Huu Phuc《Hoa Thom Buom Luon (Butterfly and Flower)》
Dang Huu Phuc のピアノ曲はユーチューブで多数見つかります。さらに
20th century Vietnamese Piano Music
この国の音楽環境が整えられ、ここで生まれた作品が広く紹介されていくことを期待しています。
なおヴェトナム戦争の当時、中国で造られた、たたかうヴェトナム人民をたたえるピアノ曲の作品が北京の中央音楽学院の図書館にあり、コピーしました。調査中。孫以強の《越南舞曲》、郭志鴻・儲望華・殷承宗編曲の《越南組曲》、郭志鴻編曲の《南越英雄賛》です。
<ラオス Raos>
シプリアン・カツァリスが首都ヴィエンチャンでコンサートを開いた時に、ラオスのピアノ曲を演奏しています。彼の編曲ではないかと思いますが。聴衆にはおおいに喜ばれたことでしょう。
<カンボジア Cambodia>
カンボジアは1970年代、ポル・ポト政権下で、極端な共産主義思想に基づく急進的な国造りが進められ、その結果、大虐殺が起きました。朝日新聞2010年10月3日号によると、「ハイ・ヤウさん(49)は12歳のころ胡弓の腕前が政権幹部の目にとまり、『お抱え音楽家』にピアノを仕込まれた。同じ境遇の子どもたちが首都プノンペンに集められ、ポト氏本人の前で労働や戦闘をたたえる革命歌を演奏させられた。出来を厳しくチェックされるため、1曲ごとにひどく緊張を強いられた」そうです。
カンボジアのピアノ曲として知られているのが UNG Chinary(1942ー )の《七つの鏡 Seven Mirrors》です。前衛的な作品で私にはよくわかりませんが。ウンはカンボジア人、1965年にアメリカに移住、周文中などに作曲を学びました。
<タイ Thailand>
「われらの王に栄光あれ タイのピアノ音楽」というCDが出ています(Glory to Our Great Kings:Marco Polo 8.223881 )。作曲し、演奏しているのがNat Yontararak(1954ー )。この中の《Piano Sonata "Glory to Our Great Kings"(ピアノソナタ われらの王に栄光あれ)》は心あたたまる旋律が光っています。タイの国民は心から国王を慕っていると伝えられており、その思いが如何なく発揮された作品です。ただ、いまタイでは王室を批判する動きがあり、この作品は今後どのような評価を受けることになるのでしょうか。一方、同じCDに収録されている《Six Songs by H.M.King Bhumibol of Thailand》はポピュラー音楽に近い感じです。
こちらはタイの作品だけのコンサートと思われます。説明がタイ語で解読できません。心地良い響きが滔々と流れていて素晴らしい発見でした。ユーチューブでは他にもタイのピアノ曲をいくつも見つけることが出来ます。 Piano Concerto of Siam
ショパン誌2008年6月号によると、同年3月12日から22日にかけて、第1回タイ国際ピアノコンクールが、国立マヒトン大学音楽学部主催によって開催されました。この時、課題曲の一つとなったのが、アティポップ・パタラデットサン作曲《Duality(二重性)》だったということですが、この曲については不明です。
<ミャンマー Myanmar>
ミャンマーのピアノ曲のCDを入手できます。
Artist: AUNG KYAW MYO : Newtone Records (newtone-records.com)
この国の伝統的な音楽語法によって作られた作品にはただただ驚きました。このようなピアノ曲はこれまで、ほかのどの国の音楽の中でも聴いたことがなく、常識を超える作品群です。ミャンマー人に聞いたところでは、即興演奏だということですが、ユーチューブで聴いた中には楽譜があるものもありました。また「ミャンマーピアノレッスン」というタイトルの動画もありました。ユーチューブに映像が多数あり。
Burmese Piano[player:Aung Kyaw Myo]
Burmese Piano2 by Aung Kyaw Myo
Burmese Classical Traditional Court Music ← 楽譜を見ながらの演奏です。
Piano Improvisation by Sandaya Zayar Min
Myanmar Classical Music solo by Sandaya Aung Win in 2005← 2005年にニューヨークで行われた演奏です。
2021年2月1日のクーデター以降、軍部による市民や少数民族に対する容赦ない武力弾圧が世界に衝撃をもたらしています。この国に平和が戻り、誰もが音楽を楽しめる日が来ることを祈ります。
<マレーシア Malaysia>
この国の現代ピアノ音楽についての情報はこちらです(英語)。
Adeline Wongの《herringbone》 *herringboneの意味は、①にしんの骨、②矢はず模様。
マレーシアの今を聴くー名古屋作曲の会 の中でValerie Ross(1958- )作曲の Regaslendro を聴くことが
出来ます。私にはよくわかりませんが。
<シンガポール Singapole>
シンガポールのピアノ曲で、CDで聴くことが出来たのは、Joice Bee Tuan Koh(1968ー )の《la pierre mogenta》です。前衛的な作品です。(CD:Spectrum3、piano:Thalia Myers、metronome CD1053)
Joice Bee Tuan Koh作《Edenkobener Bagatellen No,4》
<フィリピン Philippines>
「To a Camia-Piano Music from Romantic Manila(ロマン派のマニラのピアノ音楽)」というCDがあります。フィリピンで19世紀末から20世紀半ばまでに作られたピアノ小曲集。これらは上流階級のサロンで人気だったものが近年の研究によって再発見されたものだということです。
フィリピンのピアノ曲とキューバのピアノ曲が一緒に収録されているCDがあります。
CD:Malaguena:Piano Music from Cuba and the Philippines ←この内、No.12~18がフィリピンの作品です。
(Adolovni Acosta,Piano、MARQUIS 77471 83121 29)
ここに入っているブエンカミーノ Francisco Buencamino Sr.(1883~1952)、アベラルド Nicanor Abelardo (1893~1934)、サンティアゴ Francisco Santiago (1889~1947)の作品は、いずれもラテン系のポピュラーな楽しい曲でした。ユーチューブに彼らの作品の動画が多数あります。楽譜つきのものも多かったです。
Cecile Licad Buencamino Ang Larawan & Mayon Fantasy - Bing video
Maligayang Bati, by Francisco Buencamino. Martin Buencamino, Pianist - YouTube ← 楽譜つき
Nicanor ABELARDO Nasaan Ka Irog - Bing video
Francisco Santiago - Souvenir de Filipinas - Enzo - Bing video
フィリピンのこの後の世代としてカシラグ Lucrecia Kasilag(1917 — 2008)を挙げておきましょう。彼女は
アメリカで学んだ作曲家・ピアニスト。聴きごたえのある曲があります。
カシラグ作 Sonata Orientale(東洋風のソナタ)1961年、楽譜つき。
Elegy on Mt.Pinatubo(ピナツボ火山のエレジー)1991年、楽譜つき。
ピナツボ火山はこの年、噴火。20世紀における最大級の火山噴火でした。
フィリピンにはこの他、前衛作曲家として著名なホセ・マサダ Jose Maceda (1917~2004)がいて、5台のピアノのための作品がありますが、私にはよくわかりません。
Jose Maceda - Music for Five Pianos (1993) - Bing video
フィリピンのピアニストには、アコスタの他にセシル・リカドがいます。
<インドネシア Indonesia>
伝説の大ピアニスト、ゴドフスキー Leopold Godowsky (1870~1938 ポーランド)が旅行で訪れて聴いた、この国のガムラン音楽におおいに啓発されて作曲した《ジャワ組曲 Java Suite》という驚くべき作品があります。
外国人がピアノで描いたこの国が、インドネシア人の精神にどこまで肉薄しているかということがあるかもしれませんが、私はこの作品を民族音楽の金字塔だと考えています。これは全12曲、50分に及ぶ大曲で、いくつかのCDが出ているようです。楽譜は株式会社プリズムから出ています。
写真(右)はCD:ジャワ組曲(全曲) ピアノ:エスタ・ブジャージョ(インドネシア人)、(キングレコード KKCC-4302)。同じCDに収録されているタンスマン Alexandre Tansman (1897~1986 ポーランド)の3曲も5音音階による興味深い作品です。
Leopold Godowsky ‒ Java Suite - Bing video ← ゴドフスキ、ジャワ組曲全曲(楽譜つき)
ゴドフスキ、ジャワ組曲より第1曲《ガムラン》、第4曲《聖湖ウェンデットのけたたましい猿たち》
タンスマン 「ノヴェレッテ」より《エキゾティック(ジャワ舞曲)》
〃 「ミニチュア世界一周」より《バンドンの森の竹笛》
〃 「ミヌチュア世界一周」より《バリのガムラン》
インドネシア 人によるピアノ曲としては、まずTrisutji kamel(1936ー2021)の作品があります。彼女の作品
《Gitaya Samuda(海の歌)》、《Kupu-Kupu(蝶)》どをユーチューブで聴くことが出来ますが、私にはよくわかりません。
CD:ASIA PIANO AVANTGARDE INDONESIA(p:Schleiermacher、MDG 6131322-2)やCD:高橋悠治リアルタイム9(fontec FOCD3452)にスラマット・シュークル Selamat A.Sjukur(1935~ )の作品など、インドネシアの現代ピアノ作品が収録されています。別の演奏者になりますが、ユーチューブで見つけたのは
Selamat A.Sjukur《Svara》
Paul Gutama Soegijo《Klavierstudie》
Michael Asmara《A Piece for Piano No.10》
Soe Tjen Marching《Kenang》
この国の現代ピアノ作品についての情報はこちら(英語)。
インドネシアの他の代表的なピアニストとして、アナンダ・スカルラン AnandaSukarlan(1968ー )がおり、スペインの作曲家 Santiago Lanchares(1952ー )のCDを出しています。
<東ティモール East Timor>
Lansell Taudebinという人(おそらく西洋人)が東ティモールのメロディーをもとに、この国で死んだ息子を思って作った《 Mountains of East Timor》(楽譜つき)という作品があります。その国独自のピアノ曲がある国と
してはまだ未認定です。
<パプアニューギニア Papua New Gguinea>
この国にはBuruka Tau(? - 2021)というポピュラー音楽系のピアニストがいました。葬儀の時の映像では棺の上に鍵盤の絵が描かれていました。その国独自のピアノ曲がある国としてはまだ未認定です。